馬渕教室 西陣織のおはなし/関西の伝統工芸(1)

  • 2008年3月11日 10:00
中学受験の社会科の入試では、伝統工芸に関する問題が出題されることもあります。
そこで、馬渕教室中学受験コースの受講生のみなさんが住んでいる関西地区の伝統工芸をこれからご紹介していきたいと思います。

今日は、京都の伝統工芸である「西陣織」のおはなしです。
染色した糸を使ってち密な模様を織り出すこの織物は、綴(つづれ)・緯錦(ぬきにしき)・緞子(どんす)・紬(つむぎ)など、織り方の種類が豊富です。

西陣織は京都の宮廷文化を中心に発展した伝統工芸です。
京都の織物作りの歴史は、5世紀後半に新羅より伝来した織技術にはじまるといわれています。
その後、平安遷都(794年)の際に、宮廷の織物を管理する「織部司(おりべのつかさ)」とよばれる役所がおかれ、職人たちに高級な絹織物作りを奨励したことで発展したそうです。
ただし、この頃はまだ「西陣織」とは呼ばれていませんでした。

京都の織物業は、室町時代に京都の街でおきた応仁の乱(※)の際に、職人たちが戦火をのがれて他所に移り住んでしまったことで一度は壊滅状態になりました。
戦乱後、ようやく職人たちが京都に戻り、戦乱時に西軍の本陣があった付近で織物業を再開したことがきっかけとなり、ここで作られる絹織物が「西陣織」と呼ばれるようになったそうです。

美しい織物の名前が、戦乱に関係してたなんて驚きですよね。

※応仁の乱(1467〜77年)
細川勝元と山名宗全の対立に、将軍継嗣問題や畠山・斯波(しば)両家の家督争いが絡んで争われた内乱。戦いは京都ではじまり、諸国の大名・小名が勝元(東軍)・宗全(西軍)のいずれかに加わり、全国的規模に発展しました。